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2008年1月 8日 (火)

久しぶりに気分が沈んでいる
顔に傷があるせいだろうか
正月に自転車を漕いでいた最中の怪我

でも傷って案外心地良い自分のありかを強く感じる

村上春樹のねじ巻き鳥クロニクルを思い出す
急に顔にあざが出来て、あざがあることに心地よさを感じている主人公のことだ
その心境をリアルに感じる
村上春樹の文章には血が流れている
突拍子もない筋書きには確かな体温があって土の臭いがする

読んでいるといつも土のなかに潜っていくような感覚になる

ロジカルではないけどできたものから感じる何か
先日東京芸大に通う友人の修士制作を見に行ったのだが
前述した状態を生もうとしていた

出来たものが生み出す何か
この何かをアートとくくってしまっうとするならば

建築には工学と芸術という2つの側面があると考えられる
このどちらに体重をかけていいのか甚だ難しい問題だが
建築を生業とすする覚悟をしたならば立ち向かわなければならない

最近考えているのはそういうこと

そこをきちんと整理した上で成り立つビジネスを作ってみたいと強く思う
顔の傷が治るまでに一つのビジネスモデルを作ろう


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